浜口哲一先生を偲ぶ

馬入水辺の楽校の会会長 臼井勝之

  悲しいお知らせをしなくてはなりません。長年、私たちをご指導いただいた浜口哲一先生が去る5月3日にご病気のためお亡くなりになりました。
 突然の訃報に驚かれた方も多いかと思います。私自身、未だに信じられず、素直に受け入れることができていません。62歳という若さでのご逝去を悼みます。
 思えば先生と私とのお付き合いは35年ほど前、先生が平塚市博物館に着任された時から始まります。野鳥観察に始まり、相模川河口干潟の保護運動や渡り鳥の来る休耕田の実現、水辺の楽校の立ち上げ等、共に活動する中、多くのご指導をいただきました。自然保護運動や研究活動等、数々の功績を収められた浜口先生と身近にお付き合いしていただいたことは存外の喜びであります。
 多くの思い出が脳裏に浮かびますが、生き物の暮らしに精通されており、先生と歩く野山は発見の連続でした。ほんの数メートルの道程の中に多くの生き物が生きていること、命のつながりがあることを教えていただきました。私の憧れはナチュラリストなることでしたが、その手本が身近にありました。 
 忘れられないのは雨の日の野鳥観察で、私の感覚は雨が降ったら休みというものでしたが、先生は「野鳥観察に雨はあまり関係ない。雨の日の観察も面白いですよ」と少しも臆せず、合羽で元気そのものでした。後年、水辺の楽校で雨が降っても話を止めない小生と先生の姿を見て、妻がなんで雨が降っているのに平気なのと不思議がっていました。
 先生の功績の中で、特筆すべきは多くの人材を育成されたことではないでしょうか。先生の指導を受けたことを人生の喜びとしている方を何人も知っていますし、私自身もそうです。先生のご指導で高麗山での野鳥センサスの記録を報告書としてまとめ上げることができましたが、アマチュアでもこういう機会を持てるのだと新鮮な驚きを覚えました。
 人あたりが柔らかく、語り口もソフトでしたが、確固たる信念をお持ちの方で、干潟の保護運動では、市の職員であり、表舞台に立ちにくい状況でありながらも、行政等に対し、きちんと意見を述べられる姿には毎回驚かされました。
 けっして偉ぶらず、誰とでも対等に接することのできる方で、多くの浜口ファンを生みました。頼まれると断れない性格なのでしょうか、幾つもの仕事や役を引き受けられていて、いったい何時寝るのかとこちらが心配するほどでした。
 この10年間は水辺の楽校で共に活動させていただきました。先生のご指導で数々の観察遊びを楽しみました。自然観察ビンゴゲームやバッタ飛ばし、地べた探検、マイサークル、五感の地図づくり、塗り絵図鑑、ワラジボードなどなどです。大人も子供も熱中させられました。水辺の楽校の自然案内看板の製作が最後のお仕事となりましたが、「設置ができて良かった」の一言に胸が詰まります。
 先生には本当にお世話になりました。私たちにとってかけがえのない人を失ってしまいましたが、先生の意志を引き継いだ方が何人もいらっしゃることを思うと心強い限りです。その方たちと共に、先生の思いを胸に、共に描いた夢を目標にこれからも頑張りたく思います。天国からのご指導をお願いしまして、お別れの言葉にかえさせていただきます。浜口先生、長い間お世話になり、有難うございました。


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